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2009年12月 記
  学生(多摩美時代)の頃、点・線・面そして色彩、この基礎的な絵画の骨組みに非常に強い興味を持っていた。それは高校時代から好きであった線的な絵画や彫刻作品への延長でもあった。使わなくなった美術の教科書の中から興味ある作品の写真を小さめのノートに切り貼りし時々眺めるのが楽しかった。レオナルド・ダ・ヴィンチの素描あり、浮世絵もあり、ベン・ニコルソンあり、ルオーあり、現代美術もあり、彫刻ではジャコメッティに魅せられ、彼の油彩にも惹かれた。いろいろな時代の、いろいろなジャンルの代表的な作品ばかりだが、それらの作品に共通する何かを感じさせられていたのだろうと今思う。
いろんな作家に影響され、暗中模索し、一応の自己表現をして大学を出る。しかし感じさせられた「共通する何か」が解らないまま『学生時代』を通過するのである。
  1980年ニューヨークへ行く。まず最初、自分が変わったのは色彩感覚だった。例えば12色セットのクレヨンがあるとすると、日本にいたときは使う色が限られていた。しかしニューヨークに住んでいると12色すべてを使うようになった。36色くらいのオイルパステルを買って日記のようにドローイングを毎日1~2点作っていた。美術学校でカラーエッチングを学び始めた。木版は日本でも作ったが、銅版や亜鉛版を薬品で腐食させるのがおもしろそうであったからだ。本当は専門的ではないやり方なんだろうが一版多色刷りで、同じ版でいろいろな色を刷り、それらをハサミで切って、元の版と同じ形にコラージュして、いく通りかの作品を作った。色彩はニューヨークでの生活のせいか美しい。夢中になっていくと、決まった紙だけでなくトレーシングペーパーにも刷って、ハーフトーンを出す効果としてコラージュした。このトレーシングペーパーが、帰国して「雁皮紙」につながるとは当然思ってもいなかったことである。
ちょうど1年間ニューヨークに住み帰国した。その滞在期間の作品は色鮮やかであるが必ずといっていいほど「線」を描いていることに妙な安心感を覚えていたのである。線を色面からずらすことで透明感を、線を色面の境に置くことで岩の割れ目のような空気線に、また線を中心から外へ外へと拡散させることで心地よい間合いが生まれる。少しずつではあるが『ニューヨーク時代』は、自由な色彩の獲得と線の秘密を学んだ時でもあった。
  「雁皮紙」との出合いは1983年。持ち帰ったカラーエッチングの作品に、日本の気候が左右するのか、コラージュしたトレーシングペーパーの部分に空気が入ったような皺ができた。それに代わる物として、探し求めて出会った物が「雁皮紙」である。この紙は和紙の風味を持たせる作品には向いていないやっかいな紙であったが、不思議な魅力や強さを感じた。表に強く出てこない、それでいてこの雁皮紙でないと出てこない表情、そんなところに私のこれから制作しようとしている感覚が一致するかもしれないと感じたのだろう。
しかし雁皮紙による抽象表現の作品を発表するには、その時から10年間の模索を必要とした。「線」は雁皮紙を細く切り、コラージュし、その上から極薄雁皮を貼る。極薄雁皮、中厚口、厚口、と3~4種類の重さの雁皮を使って1992年頃からようやく作品らしき物が出き、その年に制作した「”Triangle" on 7 July1992」が、人に見せた(発表した)初めての作品となった。1985年の”Quiet”や”Lines"は試作期の作品である。
  1998年、「雁皮紙」を使った個展として初めて青山のギャルリークリヨンで行いました。その時のメッセージです。
 ー今回の作品は以前の分割構成から離れて線自体に意味をもたせて制作したものです。大きく分けて、「間(ま)」・「Rectangle(方形)」の二つのシリーズから成り立っています。「間」シリーズは日本的な空間意識で用いる間合いのことですが、画面では絵具の濃淡や垂れや紙皺といった偶然と雁皮の「空気線」との間に無言とせりふのようなものを表現したものです。また「方形」シリーズは物体とそのまわりの空気との力の関係を雁皮の「空気線」に置き換えて表現したものです。私にとって線とは何かと問われた時、それは単に細長いすじではなく、例えば面と面とが接する瀬戸(際)、物体のアウトラインとそのまわりの空気の緊張、光線が物体の抵抗を捕らえる時、といったような自然と住空間の中でお互いが反発したり共存したりしながら接するぎりぎりの(際)のようなものだと考えています。その(際)の強弱がさまざまな量を持った「空気線」として表現できればと考えています。制作している時は線を引くという意識ではなく、向こう側につながる狭い(隙間)のようなもの・(角度を変えた面)のようなものを捜し求めながら、雁皮紙を切ってコラージュする方法をとっています。その「空気線」によりいっそうのリアリティと幽玄性という二律背反を同一俎上に獲得することができればと考えています。ー
2010年 4月 記
  1999年に「STUDY 108」シリーズが生まれた。このシリーズは制作中、私自身に飛び込んでくるさまざまな誘惑に対しての心状のようなものである。108という数字は直感的に付けてしまったが、ちょうど正月で「煩悩」という言葉が頭に過ったのだろう。制作中、或はそれ以外に出会う、予期していない「偶然」に心が動かされる時、いつでも出せる引き出しに納めておきたいという欲求からでもある。
2001年、藤沢市にあるギャラリーHIRAWATAの個展で、次のようなコメントを付けた。
  ー「偶然をつくる」、今回の個展の作品も「間」・「方形」シリーズで成り立っている。サブテーマとして「偶然をつくる」という姿勢で制作しました。雁皮紙を墨や柿渋やアクリル絵具で刷毛染めしてコラージュするための材料作りの工程から画面に貼り付けていく工程の間で、皺をよせる、絵具を垂らす、破く(破裂させる)、といった偶然性の強い要素をこれまで以上に意識して、最終的にはそこになければならないという制作姿勢をとった。人(私)は、感動を受けた偶然を体験し、学習することによって再現しようと試みる。同時に偶然は偶然でなくなり人の能力と変わっていく。芸術において、私の絵画において、蓄積されてきたそういった能力が新たな偶然によって放棄され、再現へと向かう。
  偶然はつくることができない。ゼロからも生まれてこない。今までに蓄積されてきた能力に支配されて見えなかったものが飛び込んでくる、そんな現象ではないだろうか。ー
9年経った今、改めて読んでみると、私にとって「偶然」という誘惑は、しめたと思う時であり新しい展開につながる要素になっている。しかし今までの蓄積に支配されているのか、然う然う出会うものでもない。1999年から小品として始めた「STUDY 108」から「偶(Guu)シリーズ」が生まれ、「Rectangle(方形)シリーズ」が生まれた。そして現在、「See through(透過考)シリーズ」が生まれ、それは嘗ての空気線が「光のかたち」へと進化したもので、大作という大きなスペース向きのシリーズである。
  私にとって「STUDY 108」は、制作後小さく残ってしまった貴重な雁皮紙を使って、今まで述べたように、予期していない「偶然」に心が動かされた時の実験や記録の入った引き出しの中身である。108になるまで、まだ数年はかかりそうである。

メッセージは今後も続きます。
(編集中)
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井上雅之 (C) MASAYUKI INOUE 雁皮紙によるコラージュ